W(旧)さんは最初のセーブデータを途中で奪われて(奪ったの私じゃありません念のため)以降見プレイだったのですが、最近やっと奪われた恨みつらみがおさまったようで自力プレイをはじめました。そんでちょろちょろっと自分のプレイ記がわりにお話を書いてまして、それがとても萌えたので許可もらって(もぎとって、とも言う)ここに転載させてもらうことにしました。みんなも萌えるといいと思う!
W(旧)さんほんと筆さばきがアレなんですよ
要は、覚えたての画龍を使って、物干し竿の二本の支柱のてっぺんからてっぺんまでを線で繋げばいいだけなのだ。ミカン婆の笑顔を取り戻すのに必要なのは、大神様の筆の横線一本である。
しかし、そのたった一本への道のりは遠かった。
イッスンは目の前で繰り広げられているであろう悪戦苦闘を観察していた。
空中によれよれとした筆跡を一瞬だけ残し、黒々した墨の色は背後の光景に混じってすぐに消えていく。
水際のミカン婆が立てるじゃっじゃっという洗濯板の音を聞き流し、飽きずに何度も繰り返される光景にいい加減しびれをきらして、イッスンは声を上げた。
縦横無尽に宙を走る筆は、どうしても点と点をすっきり一本に繋ぐことがない。
アマテラスがもったいつけているわけでもなければ、理由は一つしかなかった。
単に出来ないだけなのだ。
「アマ公よォ」
白い犬がイッスンをきょとんとした目で振り返る。
「ピッと線一本引くのにどんだけかけりゃア気が済むんでィ?早くしねェと婆ちゃんの洗濯が済んじまうだろォ?」
「きゅうん……」
アマテラスが情けない鼻声をあげた。
イッスンは確信を持つ。アマテラスは筆技を覚えたてである、ということはつまり単に筆の使い方に慣れていないだけである。
「オメェ……筆使いが下手なんだな?」
白い毛皮が明らかにギクリとした。アマテラスも、自分の筆が全く思うように動かないことに気づいてはいるらしかった。
「わう……」
「さっきから黙って見てりゃア、オメェ酷ェ筆さばきとしか言い様がねェ。アマ公、ちょっと手を上げてみろィ」
アマテラスは首を傾げた。素直に前脚を前に出して不器用に硬い肉球を見せる。片足だけあげた不自然な体勢に白い犬はぷるぷると震えたが、イッスンに言われる通りにその姿勢を保ってみせた。
「四本脚にはやっぱり筆は持てねェよなァ。まァ試しにやってみるかァ……?そのまま宙に一本、芯が通った横線を引けるかァ?」
「ワン!」
アマテラスは元気よく答えて前脚を横に動かそうとしたが、そこまでだった。
犬の体はどだい器用な手仕事をこなすようには出来ていない。そもそも、アマテラスは前脚で筆を持つわけではない。イッスンはイライラと腰に手を当てた。
「真に受けてんじゃねェッ!」
「わうぅ……」
「わかってんのかァ?そんなんでこれからやってけんのかこのッ!ぼんやり顔ォ!」
ひとしきり毒づいてイッスンはため息をついた。
つかの間の沈黙に、アマテラスの尻尾がはた、はたと力無く地面を叩く音と川のせせらぎが聞こえる。
そのとき、ミカン婆が休みなく手を動かしながら声をかけてよこした。
「イッスンや、さっきから聞いてると、弱いものいじめばかりじゃないかい」
イッスンは飛び上がった。
「いじめなんかオイラがやるもんかァ!」
「だってほらまあ、シロがあんなにしょんぼりして」
イッスンが振り返ると、アマテラスがしょんぼりと首を垂れていた。それは驚くほど哀れで、ぷうぷうと体の色が変わるほど怒っていたイッスンは怒りのやりどころに困ってしまった。
「仲良くおやりよ」
ミカン婆はそれだけ言うとまた洗濯に戻った。
イッスンが白い犬をじろりと睨みあげると、大きな毛皮がまた一回り縮んだように見えた。
「……と言ったってまァ、犬に筆をとれたァ冗談だィ。オイラが言いたかったのはなァ」
イッスンはアマテラスの鼻先に筆を突きつけた。
ミカン婆に聞こえないように声は潜める。
「いいかァ?確かにオメェは凄い力を秘めた大神サマかも知んねェが、今んとこダメダメだァ。そもそも筆の心得が全くなっちゃいねェ!筆を使うものとして迷いが多すぎらァ!」
「わう」
「オメェわかっちゃいねェだろォ?筆を置いたら迷うな!描きたいものを頭の中に思い浮かべたら技巧は気にせず一気に書け!ってことだァ。技は後から着いてくるって言やァぼんくら頭にもちったあ想像がついたかァ?」
アマテラスは首を傾げてこっそりあくびをしていた。
イッスンの頭が湯気を立てる。勢いよく白い犬の鼻先に飛び乗ってまくし立てた。
「オメェはよォ……。今はともかく、戦いの最中に筆技を使えなかったらどうするつもりなんでィ?失敗したから待ってくれとでも敵に頼むつもりかァ?悠長なのはオメェの頭だけでィ!これで世直しの旅たァ笑わせらァ!」
イッスンに耳元で怒鳴られアマテラスはハッと背筋を伸ばした。
転がり落ちる前にぴょんと飛び降りたイッスンはアマテラスの顎を見上げてふんと息を吐いた。
巻紙を取り出し、アマテラスの前に広げた。
「なっさけねェなァ大神サマとあろう者がよォ!これじゃア、せっかく戻った筆神サマも泣いてらァ。……今からオイラが手本を見せてやらァ。イッスン様の技をとくと拝んでろィ!」
「わう!」
「わうじゃねェ!ッたくよォ」
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イッスンはまた物干し竿の支柱を睨みつけていた。
「おやおや、シロとお絵描きはやめたのかい。イッスンや」
「……今度はそのシロがお絵描きなんでィ婆ちゃん……やっぱりいめーじとれーにんぐだけじゃだめかァ……」
ミカン婆が笑った。洗濯はすでに終盤だった。
「よくわからないがねえ……、せっかくだもの。楽しく遊んでおあげよ」
「オイラだってそうしたいのは山々だィ!」
アマテラスは腕はともかく、集中力だけは凄い。空中に表れては消える線も心なしか力強くなっていた。
しかしまだ目的をかすりもしない。
遠い遠い道のりにイッスンはめまいを覚えた。