跳ねるように走りながら、蔦神が少し前を走る蓮神に話し掛けた。
「ねーねー蓮兄〜!」
「なんだよ〜」
「蘇のじいちゃまも確かいつもこのあたりに居なかったっけ?」
 少し考えた蓮神はぽんと手を叩いて立ち止まった。
「あ、そうか。呼んだらきてくれるよな」
「うわーっ」
 急に止まった蓮神の背中に蔦神が衝突し、続いて弓神までぶつかって三人まとめて地面に転んだ。
 おじさんの実が籠から落ちて四方八方に散らばる。
「は〜す〜…」
「えへへ、ごめーん」
 弓神は手近なおじさんの実を掴んで蓮神に力いっぱい投げつけた。蓮神が顔の真正面でおじさんをはっしと受け止めてにやっと笑うと、弓神が指をさして怒鳴りつけた。
「止まるなら止まる前にそう言えッ!」
「まあまあ、とにかく蘇のじいちゃまと、あと爆神のおいちゃん家も近いし、まとめてあげに行こう」
 そう言うと蓮神が両手を口の横にあてて、すうっと息を吸い込み、「蘇じーちゃま〜!」と大声で呼んだ。
「そんなんで来るわけないだろ」
 蔦神が目をみはった。
「え〜〜いっつも来てくれるよ?」
 そのとき弓神の後ろから蘇神がひょこりと首を出した
「なんじゃい。やかましいのう」
「うわっ」
 真後ろから嗄れ声が聞こえ、弓神の心臓が跳ねる。
「じーちゃま」
「じじい、どこから現れた!」
 くるりと振り向き油断なく杵を構える弓神を取り合わずに、蘇神は声を上げて笑った。
「元気がよいの」
 蓮神と蔦神がニコニコ笑いながら蘇神に赤い実を渡す。
「咲兄が作った果物、慈母に持ってく前にお裾分け」
「おいしかったよ」
「ふむ、不細工じゃの」
 蘇神はおじさん顔をしげしげと眺めると、弓神を射抜くように見た。
 弓神が身じろぎした。
「な、何だよっ」
「弓神よ、花の子らを丸め込んで慈母に差し上げる前に捨てるつもりであったのじゃろうが…これはそこらに捨ててはならぬぞ」
「どういうことさ!」
 弓神は頭の中をのぞかれたような気がして不快気に眉をしかめた。
「ユミユミ、おじさん捨てるつもりだったのー?」
「ユミユミひど〜い」
 弓神は、蓮神と蔦神の非難を耳を塞いでやり過ごすと蘇神を睨みつけた。
「なんでそのことを…」
「自明じゃろうが」
 軽くいなして蘇神は続けた。言外に単純だと言われた気がして弓神は目を据わらせる。
「慈母のおわす地の均衡を筆神自らが壊してどうする」
 蓮神と蔦神が顔を見合わせた。
「じーちゃま、どういうこと?」
「おじさんが何か壊すの?」
 首を傾げた二人が口々に聞いても、蘇神は長い髭をしごくのに忙しくて聞こえないふりをした。
「顔なんぞどうでもよいわ。問題はそれが自然にできたものではないということじゃ」
「…どうなるって言うのさ」
 不審げに見つめると弓神の前で皺に埋もれた瞼の奥がとぼけたように瞬いた。
「はてな」
 皺くちゃの顔は人の悪い笑いを浮かべるとぽかんとした蓮神と蔦神の前に皺くちゃの手を差し出した。
「味見してやろう」
 蓮神が言われるがままにおじさん顔を差し出す。蘇神は無造作におじさんをかじったが、断神と同じく全く果汁が出ない。
「あれ?」
 蓮神と蔦神が首をひねった。
「やっぱり不良品?」
「少し渋みが足らぬ。甘さがぼやけておるわ。まあ悪くはない。捨てるなら自分の腹にするのじゃな」
「こっっの、くそじじい!」
 弓神が杵をぎりぎりと握り締めると蘇神が呵々と笑った。
「そうそう咲神にな」
「なーに?」
「遊ぶのは家の中だけにしておけと言うておけ」
「どういうことー?」
「それだけで分かるはずじゃ。さて、後いくつかもろうておくかの」
 きょとんと首を傾げる蓮神と蔦神の籠から勝手にひょいひょいと赤い実をいくつか懐に投げ込むと、蘇神はふらふらと去っていった。
 ちなみに蘇神が歩き去った方角は、断神がいた方角と間逆である。
 じじいたちが顔を合わすことはまずない。

 

>>4へつづく