※このお話は前回の「燃凍壁花弓」小説から続いています。

 くすんだ色の雲から飽かずに雪を降らせ続ける陰鬱な空も、たまにはひと休みすることもある。
 小窓から射し込む光にうたた寝から起こされて、燃神は目を細めた。水滴で曇った硝子を手でざっと拭うと、水分は手に触れる前に蒸発した。
 室内の暗さに慣れた目の中で強い光がチカチカする。丸い窓の向こう側は澄み切った薄い空色をしていて、冷たい日の光を浴びた雪が滑らかに輝いていた。その冴えた色は燃神が好きな灼熱の色よりほんの少しだけよそよそしく感じるが、澄みきった眩しい光を窓越しに見上げて燃神は呟いた。
「……元気だなァ」
 呟きは雪の上で転げ回って遊ぶ子供たちに向けてのものだ。
 こんな体調であっても朝一番に起きた燃神が、外套を着込むのももどかしく子供たちが外へ駆け出すのを見送ったときには、まだ低く垂れ込めた雲からちらちらと粉雪が降っていたが、今はすっかり晴れ晴れとした冬の青空が広がっていた。
 燃神の冬の庵は雪深い山の奥の山頂近くに立っている。そこから少し降りたところに大きな雪の塊が五つ並んで立っていた。もとの形は雪だるまで、しかも毎晩の冷え込みですっかりかちこちに凍っていたが、子供たちの手によって毎日雪を重ねて固められ、今では原型がわからないくらいにもこもこに盛り上がっていた。
 赤いお揃いの外套を着込んだ子供たちが雪の上を走り回っていた。窓越しにしばらく眺めて燃神は立ち上がった。

「ほらよ」
 燃神は真っ赤な頬で駆け込んできた子供たちに入った湯呑みを渡した。
 散々外で遊んで、寒さの限界に達したらしい。
 花神たちは湯呑みにふうふう息をかけて、こくこくと飲む。
 弓神が湯飲みの中を覗いて訝しげに呟いた。
「牛乳?」
「んーこの間、凍兄がお前らにって持ってきたから外に出しといた」
 つい忘れててなァ、と燃神は頭に手をやった。弓神がふうんと頷いて眉をしかめた。
「甘……」
「凍った牛乳って溶かすと薄くなるんだなァ……甘さで誤魔化してみたんだが」
「砂糖、入れすぎ」
 燃神は「まァまァ」と笑う。
 壁神は手渡された湯呑みに何気なく口を付け、目を白黒させて慌てて舌を出した。
「あひゅ……」
「大丈夫かァ?」
 壁神はこくりと頷いて口をぱくぱくさせた。燃神が湯呑みを取りあげると、掠めた壁神の指先と室温にかなりの温度差を感じた。冷えきった体に熱い飲み物は余計に辛かったのだろう。
「……らいひょうふ……」
 じんわり滲んだ涙で目の縁が赤くなっている。
 咲神がいつも部屋の隅に置いてある陶器の水差しから、柄杓に水を汲んで急いで壁神に渡した。
 壁神はこくこくと一息に呷って、肩で息を吐いた。
「温めにしたつもりだったんだがなァ」
 白くなった口の周りを舐めて蓮神が言った。
「え〜ものっすごく、熱かったけど俺、飲み物が熱いのは平気ー!」
 と何の自慢か胸を張る。
「あんたの『温い』を基準にするな」
「そうかァ?」
 燃神が自分の手を眺めた。繊細な力加減はもともと得手ではないが、冬の間はきっぱり苦手だ。
 歯がゆい気分もあるにはあるが、どうにもだるい気分が上回る。
「ごめんな」
 そう言って燃神が壁神の頭を撫でると、壁神は燃神の手を頭に載せたまま、ふるふると首を振った。
「壁ちゃんは猫舌だもんねー」
「……猫だもん」
 壁神に涙目で少し睨まれ、蓮神は舌を出して笑った。

「じゃ、体もあったまったし、また外に行こっか!」
 壁神が温くなった牛乳を飲み干すまで待って、蓮神がいそいそと外套を着込む。咲神が少し引きつった顔で言った。
「……蓮、雪が結構降ってきたから、明日にしない……?」
「えー!  つまんないよ。いつ雪がなくなるかわかんないのにさ!」
 子供たちが牛乳を飲んでいる間に晴れていた天候は一転、前が見えないほどの大雪になっていた。家の傍の雪だるまの影すらもう見えない。
 燃神は真っ白な窓をしばらく眺めて、大欠伸をした。今日は本当に眠くて仕方がない。
「しばらく雪は逃げやしねェよ」
 燃神はごろりと横たわりながら言った。
「俺ももう一眠りするかァ……ふぁ〜あ……」
 そう言うや否やのうちに、燃神はすぐに寝息をたて始めた。
「あー! また寝ちゃった。燃兄ったらほんとに寝てばっか」
 たまには一緒に遊んでほしいのに、とむくれる蔦神を咲神が宥めた。
「まあまあ、代わりにユミユミが遊んでくれるって」
「な……なんで僕が……」
 突然話の矛先が向いて弓神がむせた。
 すると燃神が寝返りをうってうっすら目を開けた。
「………春になったらなァ……遊んでやるから、好きなだけ……」
 山を下りたら、まずは皆で慈母に会いに行くかァ。
 ちゃんと言葉として口に出たかどうかは分からなかったが、続きを待つ子供たちを前にして、燃神は再び眠ってしまった。