蓮神はしばらく木のてっぺんから周りをぐるりと見回してするすると降りてくると、途中で面倒になったのか高い位置から音もなく飛び降りてにんまりと笑みを浮かべた。
「断のじいちゃまはっけ〜ん」
「早速おじさんの実をあげにいこう〜」
「いいねえ」
「お前ら、あんなのに近づくなよ」
 弓神が止める間もなく蓮神と蔦神は駆け出してしまった。
「おい!」

 二人はお互いの背中のかごから真っ赤な実を両手に一つずつ取って、それをぶんぶんと振った。
「じーちゃま〜!」
 弓神は、断神がこちらを認めて体より大きな剣を引きずってとことこと歩いてくるのをみて、万一に備えて杵を両手で構えた。蘇神あたりには真顔で「模範的でよい」と誉められそうなところである。
 弓神は蓮神と蔦神からじりじりを距離をとった。彼らに何かあったとしても天災や神災の巻き添えを食うつもりはない。
 断神はやってくると丸い頭を少し傾げた。三人より頭一つ分背が低い。
「小僧らよ、何か」
 断神の白い小さな顔には何の表情も浮かんでいない。弓神は何を考えているのかさっぱり読めない長老級のじじいが――実はあと一人も含めて――苦手だったが、蓮神と蔦神は気にする風もなく断神に赤い実を手渡していた。
「おじさんの実たべるー?」
「食べるのである」
 手の中でおじさん顔が「ギャ」と鳴いても断神には驚く様子もない。無表情のままあんぐりと口をあけ、おじさんをかじりとった。
 おじさんが悲しげに「グエ」と鳴いて弓神が顔をしかめた。やっぱり気持ちが悪くて慣れない。
 わくわくと見つめていた蓮神と蔦神の表情が落胆に変わった。
「血糊出ないね…」
「不良品?」
 断神がかじっても、おじさんから果汁が全く飛び出ない。
 こそこそと喋る二人の前に断神は手を突き出した。その小さな手すら全く汚れていないことに二人は驚嘆する。
「おかわり」
 断神は二人が慌てて差し出したものを両手で掴んで、やはり全く血糊を飛ばさないまま片手のおじさんを二口で食べ終えると、もう一方の手にあるものを一口かじった。そしてその場に昏倒した。
「あ」
 ぴくりとも動かない断神の前で蔦神が口に手を当てた。
 断神の手から転がり落ちた白い塊を見て弓神が杵を握り締める。
「蔦、今何したのさ…」
「え〜と、ついついいつものクセでホウ酸団子を〜」
 蓮神が元気に言った。
「効き目十倍咲兄特製!」
 弓神はため息をついた。
 桜花の三兄弟が断神にたまにちょっかいをかけているのは知っていたが、そこまで実力行使すぎるとは思いもよらなかった。断神でなかったらしゃれにならない。そして咲神も相手が断神ではどうにもならないと知っているから無茶をするのだろうが、そういう問題でもないだろう。もし万が一、何かの大きな手違いでどうにかなりでもしたら一体誰にどう責任をとるつもりだ。
「考えなしにも程がある」
「兄ちゃんはね〜たまに手段が目的になるんだ〜」
「楽しそうだけどね〜」
 意外に冷静な弟たちに、弓神は更にげんなりする。
「しかも分かってやってるだろう、あいつは」
 蓮神と蔦神は顔を見合わせた。
「知らな〜い」
「断のじいちゃまどうする?」
「も少ししたら起きるだろ。おじさんの実をもっとあげとこう」
 冷静にそう言いながら、二人は倒れた断神の周りにおじさんの実を手早く並べた。断神の頭上に赤い実の小山が出来る。

「ユミユミも逃げて〜!」
「早く〜〜!!」
 弓神は二人の作業をつい見守ってしまい、我に返ったのは二人が駆け出した後だった。
「お前らッ、逃げるつもりなら先に言えっ!」

 お供えものに囲まれた断神が起きる気配はまだない。

 

>>3へつづく