弓神は胡乱な目つきになって足下に転がるソレをつま先でつついた。
 腰の高さほどもある大きな楕円形の白い塊である。弓神は足に伝わるぷにょっとした感覚に眉をしかめた。
「弓ちゃん?」
 意識を集中していたために突然後ろから話しかけられて飛び上がるほど驚く。
 弓神は動揺こそ見せなかった。壁神が全く足音をさせないのはいつものことだっだが、お前が悪いとばかりにきつく睨む。
「…猫が何の用さ」
 壁神は些か怯んだものの、首を傾げた。
 髪につけた鈴がちりんと軽やかな音を立てる。
「何って…あの、それなあに?」
「僕にわかるわけないだろ」
 弓神が言った途端に壁神の瞳がじわりと潤んだ。
 濡神ほどではないが壁神も涙もろい。
 弓神のきつい物言いへの反応は筆神によっていろいろだが、大体二通りである。
 一方は真に受けて、こうやって泣いてしまうか、傷ついて落ち込んで戻ってこないかとなり、もう一方は、全く動じず返って暖かく見守られてしまうか、構い倒すきっかけにされてしまうかとなる。
 例外は断神と蘇神のじじいである。反応が全く読めないし、弓神とはそもそも大した関わりもない。

 壁神が下を向いて本格的に泣き出すところで、後ろからぴゅうっと口笛が鳴った。
「い〜けないんだユミユミ〜」
「泣かしちゃった〜」
「撃兄に言ってやろ〜」
「壁ちゃん大丈夫〜?」
 弓神が振り返りざま無言で杵を振ると、とんぼをうった蓮神と蔦神がくるくると宙返りですとんと着地した。
「で、どうしたの?」
「分かってないくせに口出しするな!」
 弓神は左右対照の角度に首を傾げた二人の頭の高さで杵を振り抜いた。しゃがみこんだ二人の頭上を音を立てて杵が掠める。
「ひゃっ」
 反射で首を縮めた壁神の涙が止まった。
 単なる偶然だが、それを見た蓮神と蔦神がぴょんと立ち上がって手を叩く。
「ユミユミかしこ〜い」
「でも乱暴だね」
「照れ屋さんだからねえ」
「うるさいよ。突然現れて何なんだよ」
 蓮神と蔦神が顔を見合わせた。
「突然じゃないよ」
「僕たちコレを探してたの」
「そしたらユミユミが壁ちゃんいじめてるしさあ」
「ねー」
「で?」
 全く話が進まなくて弓神はいらいらした。塊をつま先でつつくことで先を促す。塊がだんだん大きくなっている気がして弓神は顔をしかめた。
「種だよ。何の騒ぎかと思えば…」
「咲」
 ひょこりと顔を出した三兄弟の長兄は弓神に睨まれた。
 お前が弟たちを監督しとけよ、と無言で非難されるが、別に咲神のせいではないのでひょいと肩をすくめるだけで済ませる。

「あっ咲兄〜」
 弟たちはぎくりと後ずさりした。
「お前たち、自分たちだけで大丈夫だからって出ていったくせに、いつまで経っても帰って来やしない」
「ご、ごめんなさい…」
 咲神が白い塊の端から覗いている薄緑の産毛に手をあてた。
 兄から淡々と叱られて蓮神と蔦神がしゅんとする。めったに見られない二人のしおれた姿に壁神がおそるおそる頭をなでにいった。
 ふわふわの短い髪をふわっと慰めるように撫でられて、蓮神と蔦神はくすぐったそうに目を細める。
 咲神がため息をついた。
「壁ちゃんも甘やかしちゃだめだよ」
「咲ちゃん…かわいそうよ…」
「すぐに調子にのるんだから」
「だって」
 それまで黙っていた弓神が口を挟んだ。
「咲」
「何?」
「麗しい兄弟愛は水入らずでやれよ。騒ぎも何も僕はこの塊が気になっただけだしね」
 弓神は全く興味がなさそうにそっぽを向いていた。咲神に面白そうな視線を向けられ弓神が僅かに身じろぎする。
「何だよ?」
「いや…じゃあせっかくだからユミユミと壁ちゃんも手伝ってくれない?」
「手伝う!」
「何で僕が…」
 壁神が賛成するが、弓神は嫌そうに顔をしかめた。
「しかもユミユミとか言うなよ」
 咲神が取り合わずにぽんぽんと白い塊を叩いた。ぷにょぷにょと塊の表面がへこむ。
「コレを今から慈母のとこに持っていくんだけど」
「慈母に?」
 弓神の肩がぴくりと動いた。
「割って食べるの。中身はおいしいからいつも慈母にあげてるんだ」
 咲神が白い塊に手をかけて転がしにかかるがなかなか動かない。
「コレはね、もの凄く大きな木の種なんだ。成長が早くて木から落ちたらすぐに膨らんで芽を出す。でもこいつは迷惑な木でさ。周りの栄養分を全部奪ってしまう。もともと一カ所に固まって生えてるからいいんだけど、よそに落ちたのは僕たちが回収するの。で、捨てるのもったいないし、いつも慈母にあげてるの」
 弓神が胡散臭そうに塊を見下ろした。三兄弟の下二人と壁神がそれぞれ人差し指で塊をぷにーと突き刺す。ぽよんと元に戻る塊に指をまたぷにーと飽かずに突き刺した。
「柔らかい…」
 壁神の呟きに咲神が頷いた。
「この柔らかいやつが硬い種を保護してるんだ。種を割れば、中身は柔らかくておいしいの。でもほんとに成長が早くて、僕たち三人じゃもう持てないんだよね。僕、慈母のところで種を割るから、皆で一緒に食べようよ」
「弓ちゃん…」
 弓神が皆からじっと見つめられて、咳払いした。
「…今回だけだからなッ」
 蓮神と蔦神が「やったあ!」と手を打ち合わせる。
 壁神がほっとため息をついた。

 咲神がかけ声を掛けた。
「じゃあ転がしてくからね。いい?せーのッ」
 子供たちが仲良く運んできた種は、きっと慈母も喜んでくれるに違いない。