風神は季節の先触れ。
柔らかく降り注ぐ陽の光の中を、風を牽いて駆け抜ける。
地面すれすれで草をかき分け、木がざわざわと音を立てて木の葉を散らした。
芽吹いたばかりの幼い緑がぴょこんと揺れるのに、くすりと笑みを浮かべて上空へと駆け昇る。
五色の裾が翻ってはためいた。
眼下に広がる早春の景色の中でよく知った顔を見つけて、唇の端をにいっとつり上げた。
三人の陽気ないたずらっ子たち。
本領発揮とばかりに大騒ぎしながら花を咲かせて歩く桜花三神の横に、少し強い風を流して走り抜ける。
一面に舞い散る薄紅色。
突然の桜吹雪に三兄弟の長兄は少し顔をしかめ、下2人は目を白黒させて上を見上げた。
「うわあ〜!」
「風姐!」
思った通りの反応に破顔して、ついでに三兄弟を風でさらいあげた。
つむじ風でくるくると舞い上がって、三兄弟は手足をばたばたさせる。
「風姐ッ」
しかめっつらの長兄以外は大喜びでぐるぐる宙返りした。
「わ〜〜ッ!」
「アハハハッ!」
上空でぽーんと放り出し、地面近くで受け止め、また上にさらいあげる。
「わーい! 目が〜まわるね〜」
「たかーいッ」
三兄弟の袖や裾が風をはらんで膨らんだ。
風神はフフフと顔をゆるめた。
不機嫌な咲神を上空でぽふんと受け止める。
「こら!」
柔らかいほっぺたをうにーと引っ張ると咲神が嫌がって手を振り回す。
「かじぇにぇえ!」
兄弟で責任感が一番強い咲神は、風神が彼らの春の仕事の邪魔をしているものと思っている。
いつもは遊んであげたら大喜びするのにね〜、と唇につややかな笑みをのせてぱっと手を離した。
「あんたたちのジャマなんてしないわよ。手伝ってあげるわ」
怪訝な顔になった咲神を下から吹き上げた。
「な、何するんだよッ」
ビュオォと一際高いところまで飛ばされた咲神に、蓮神と蔦神が羨ましがってぽんぽんと宙返りを繰り返す。
「咲兄者いいな〜!」
「風姐〜僕たちも〜!」
「よォし」
笑みを深めて、突風で咲神のところまで吹き飛ばした。
蓮神と蔦神が歓声を上げた。
「うわあ」「たかーい!」
桜の花びらが風に巻き込まれて散る。
風神の薄衣の裾が広がった。
「そこから花を咲かせてごらんなさいよ!」
見上げて叫べば、咲神が腑に落ちた顔で下の景色に向かって手を振った。
ぱあああっと眼下の景色が淡く染まる。
「上からだとたくさん咲くね〜」
「すごいねー! 早く終わるね〜」
「圧巻ねー」
同じ高さに昇ってきた風神に咲神が振り返った。
「風姐」
「なあに?」
軽やかに応じると、咲神は少しはにかんだ笑みを浮かべた。
「ありがとね」
「いいのよ」
風神は優しく笑って頷く。
そして、そのまま腕を勢いよく振り上げた。
「わ〜〜っ!」
下からの猛烈な風にくるくると吹き飛ばされながら、三兄弟は上から花を咲かせていった。
冬の名残がみるみる若芽の緑やピンクや黄色、白い花に染められていく。
*****
モンシロチョウやミツバチが飛び交う色とりどりの草原で、三兄弟が口々にお礼を言って、頭を下げる。
「風姐ありがと〜」
「助かったー!」
「風姐はどうするの?」
風神は三兄弟の頭をぽんぽんぽんと軽く撫でて、背伸びをした。ニッと笑う。
「これから春の匂いを遠い遠いところに飛ばすのよ」
じゃあね〜、とひらりと手を振って上空へ駆け昇る。
「またね〜! 風姐頑張ってー!」
手を振る兄弟たちを後にして、一気に北へと向かった。
風神は季節の使い。
風に乗せて、春を運ぶのだ。